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人から聞く話や、評論的な書物なりサイトの読み物から、「芸術が商業的な利益に取り込まれてる」という旨の内容に触れる機会があると、ひどく打ちのめされる自分がいます…。

それはつまり、売上とか目に見える数字やデータが優先されるあまり、絵や音楽や文学といった、本来人の感性に強く訴えかけるはずのものが、さほどの力を持たずにすぐ忘れられていってしまうような世の中の流れ…

そういうのはなんだか悲しいし虚しいなと思うわけで。。


自分の感性で産み出すもので生計を立てているわけでもない私がこんなことを言うのは、すごくお門違いだとは思いますが、そういう思いがすごく込み上げてきたので書いてしまいました。


そのときの時代のカラー、流行というものはいつもあるんだと思います。

でもそれだけを追いかけて作ったものって、みんな似たり寄ったりで、飽きられたら忘れられていってしまうような、悪い言い方をすると、そのときだけ消費されて終わり、というものになってしまうと思います。

やっぱり古くても、広く人の心に訴えかけるものを持ったものは、触れるとハッとするものだと思うんです。
いいな、好きだなとまで思わなくても、何か引っ掛かったり気になったりする部分がある…と思う。


映画や絵画や小説、音楽…
こういうものは、昔より創りだせる手段が増えて(技術的な面で)、より多くの人が作品を産み出せるようになって、世の中に出回る数も圧倒的に増えたのかもしれないけれど、その中でより多くの人の心を動かしたり、夢中にさせることができるものっていうのは、果たしてどのくらいあるんだろう……とか、たいしてない頭でふと思ったりしたのでありました。


今になって、ああそうか、と思い当たることがあるんですが、去年の夏あたりに北海道のとある個人の美術館に行ったとき、そこの管理をされていて、かつ作品も制作されている方のお話を聞いたとき、なぜだかその場で私は涙が出てきてしまったということがありました。
そのときは混乱して、どうして涙が出たのか自分でわからなかったのですが;;


そこの美術館は、管理している方のご主人が感銘を受けたという、日本ではあまり知られていない東欧の芸術家の作品をたくさん展示しているところだったのですが、ご夫婦揃ってその芸術家と作品を、唯一無二のものとしてとても大切に思っていること、そこには知名度など関係のない、世の中の流行なんてものともしない、芯の通った姿勢と感性があり、それが生の声で伝わったとき、私はすごく心を揺さぶられ、涙が出たんだと後になって理解しました。


芸術と呼ばれる類のものは長く人の心に残ってほしい、経済的な利益のために産み出された、確実に数字の取れる手法で形をなぞって作られたものには人の感性に訴え続ける「心」が入っていない…そう感じます。

この間テレビでちらっと見た、洋楽アーティストの特集か何かで、いまだ現役のマドンナが「私は眠っている人を目覚めさせるために音楽を作っている」というようなことを言っていたのを思い出したりしたのでした。(眠っている…というのは、たぶんその人の内側の何か、的な意味合いだと思います)




以上頭でっかちな文章、失礼ぶっこきました。。
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2012.04.26 | 日常 | Comment:0 | TrackBack:0
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